「ヒルビリー・エレジー」感想 |
アメリカの映画やドラマを見るたびに、「この登場人物はトランプに投票するタイプだろうか?」と考えるようになりました。
「トゥルー・ディテクティブ」シーズン1に出てた人は全員トランプに投票しただろうなぁ、とか。
「ストレンジャー・シングス」のホッパー保安官はヒラリーのこと嫌いだろうなぁ、とか。
トランプに投票した人々にはすごーく興味があります。
彼は白人の労働者階級、低所得者層からの熱狂的な支持を受けて当選したと言われていますよね?
そういう人たちが本当はどういう人々なのかを、そこで育った人自身が書いた本が話題になってます。
んで、遅ればせながら読んでみました。
J.D.ヴァンス (著), 関根 光宏 ・山田 文 (翻訳)
いわゆる「お勉強」のつもりで図書館から借りたのですが、とんでもない。
久々に読み終わるのがもったいなく思える本でした。
面白かったです。
418ページもあって、見た目はブ厚いけど大丈夫。
字が大きいし、翻訳も素晴らしいしでサクサク読めます。
アパラチア山脈のふもと、ラストベルトと呼ばれる、いまは寂れ果てた工業地帯。
低所得の白人が多く暮らす街で生まれ育った31歳の男性の回想録です。
家庭内暴力、虐待、ドラッグやアルコールの依存症、学校中退、10代での妊娠、繰り返される離婚、トラウマ。
親族内での結束は固い代わりに、自分たちと違う人間を受け入れない。
貧困が代々受け継ぐべき伝統となっている地域。
だから悲惨な話が続くんですけど、結末はわかっているので安心して読めます。
筆者はイェール大学ロースクールを出て、現在はシリコンバレーの投資会社社長だそうです。
つまり、右肩上がりのお話なのです。
彼の母親は男性と安定した関係を築くことができない人で、毎年のように違う人と付き合い、そのたびに子供と同居させていました。
同時に薬物依存症で、時に自分をまったくコントロールできなくなります。
家では毎日母親がそのときどきの男と大声でケンカ。
学校から帰るのが嫌で、家ではいつもビクビクしどおしだったそうです。
避難所は祖父母の家。
彼は、実質的に祖父母に育てられました。
この人たちもまったく問題がないわけではないんだけど、常に筆者を励まし続けます。
「お前は何でもできるんだ。お前は何にでもなれるんだ」と。
うーん、くやしいなぁ。
こんなあらすじでは、ぜんぜん何にも伝えられない・・・。
もう本当に「巻を措く能わず」ってことばがぴったりの最高に面白いお話なんです。
読んでて思い出したのは、ずーっと前に読んだ「心臓を貫かれて」(文春文庫)って本。
マイケル ギルモアって人が書いて、村上春樹 が翻訳した本です。
この話はテキサス州が舞台だし、「ヒルビリー・エレジー」よりずっと救いのない話なんだけど、なんとなく。
あと、西原理恵子さんの漫画に描かれている彼女の生まれ故郷、高知の小さな漁村の様子とちょっと似ています。
家庭内暴力とか依存症、若くしての妊娠結婚、離婚とかね。
「ヒルビリー・エレジー」には、「学習性無力感」ということばが何度も出てきます。
抵抗することのできないストレスに長期間さらされると、そこから逃げようという自発的な意欲もなくなってしまう、ということだそうです。
つまり、「どうせ俺(私)なんか」とか「何やったってむだ」と思い込んでしまうことですね。
その「学習性無力感」がラストベルトに住むヒルビリーと呼ばれる白人の人たちに蔓延していて、内部から彼らをむしばんでいる、と。
なぜなら「自分でもやればできるんだ」と実感できる機会を得にくいから。
お金がないのに外食(ファーストフード)ばかり、せっかく得た仕事も遅刻や欠勤を繰り返して首になる、そして自分の怠惰さではなく政府やオバマのせいにする、家庭内暴力から逃れるために10代で結婚して、結局またそこで暴力を受ける。
筆者は自分の人生を振り返ると同時に、こういったヒルビリーの人々の行動を責めるでもなく、かばうでもなく、時に統計を引用しながら(比較的淡々と)描写します。
問題点はわかっているし、このままではいけないこともわかっている。
じゃあ、どうするかとなると筆者は「それを解決できるのは、自分たち以外にはいない」(P395)と言います。
例えば、労働者階層の子どもたちの「学校でいい成績を取るのは女々しい」という思い込みを取るにはどうしたらいいのか。
筆者のように常に励ましてくれる祖父母がいればいいけど、いない子供はどうやって「学習性無力感」から逃れればいいのか。
本当に本当に読み応えのある面白い本なのでぜひ図書館で借りて、あるいは購入してお読みになってみてください。
ちなみに、「グリー」の舞台となったオハイオ州ライマは、筆者の故郷ミドルタウンから約140キロの場所にあります。
ニュー・ディレクションズの面々もラストベルトの街の子どもたちだったんですね。
最後にもう一つ。
非常に印象的だった一節。
連邦政府の住宅政策は、家を持つことを国民に積極的に勧めてきた。しかし、ミドルタウンのようなところでは、持ち家にはきわめて大きな社会的コストがともなう。ある地域で働き口がなくなると、家の資産価値が下がってその地域に閉じ込められてしまうのだ。引っ越したくても引っ越せない。というのも、家の価格が底割れし、買い手がつく金額が、借金額を大幅に下回ることになるからだ。引っ越しにかかるコストも膨大で、多くの人は身動きがとれない。当たり前のことといえば当たり前のことなんだけど、「ああ、そういうことなのか」と目からうろこが落ちました。
(第4章 スラム化する郊外 P93 翻訳/関根 光宏 ・山田 文)